大福とまんじゅう、どっちが高い?――計算せずに「証明」した小4の説明力|2026年9月 小学4年生授業レポート③_0916_Wed
2026年9月16日(水)小学4年生クラス
9月も半ばになり、夕方の風が少しだけ秋めいてきました。
今回の授業は、始まる前から「ロケットってなんで飛ぶの?」という質問が飛び出す、好奇心全開のスタートでした。
📘 論理国語:述語から探せば、文は組み立てられる
バラバラに並んだ言葉を並べ替えて、一つの文を作る練習をしました。
日本語は「が」「を」「に」といった助詞が発達しているので、英語と違って順番を入れ替えてもだいたい伝わります。
それでも、自由に動かせるのは「リンダは」「図書館に」といった助詞のついたまとまり同士の順番だけ。「読書の好きなリンダは」を「好きなリンダは読書の」と入れ替えると、とたんに意味が通らなくなります。
「くわしくする言葉は、くわしくされる言葉のすぐ前に置く」「述語は文の最後」。この2つのルールは変わりません。
だからこそ、正しい順番で文を組み立てる手順を身につけようという回でした。
手順はシンプルです。
まず述語を探す。次に「誰が?」と主語を見つける。そのあとで残りの言葉を埋めていく。
「読書の好きなリンダは図書館に行きます」を例に、一緒に組み立ててから練習問題へ進みました。
面白かったのは、答え合わせのたびに言葉の意味談義が始まったことです。
「先週の日曜日に僕は潮干狩りに行きました」では、「潮干狩りって何?」「化石掘るやつ?」「貝取るやつでしょ」と大騒ぎ。
「私たちは清掃工場を訪ねた」では、「訪ねる」と「尋ねる」の違いを確認しました。行くのか、聞くのか。漢字が違えば意味も違います。
「私の父は隣町のホームセンターに出かけた」では、「ホームセンターって何?」「家具を売ってるところ?」と首をかしげる子も。近所にあるお店の名前を出すと「ああ、知ってる!」とつながりました。
「80歳のひいおばあさんはとても健康です」からは、「健康寿命」の話へ。100歳まで生きても50歳からずっとベッドの上なら、健康寿命は50歳。99歳までボクシングをしていたなら、健康寿命はとても長い。
寿命も大事だけれど、健康寿命のほうがもっと大事だと思う、と伝えました。
文の構造を学ぶ時間のはずが、気づけば言葉と暮らしがつながる時間になっていました。
こういう寄り道こそ、語彙が「自分のもの」になる瞬間だと思っています。
🏺 文章読解&探究:『夏のてっぺん』――書かれていない気持ちを読む
【題名】横山充男『夏のてっぺん』(佼成出版社)
【種類】物語文(全体をつかむ─場面・気持ちの変化)
【語彙】経営する/預ける/無責任/頑固/無理をいう/見晴らし/案内する/億劫
【要約】夏休みの間、祖父が経営する山小屋『妙山荘』に預けられていたゆうすけを、パパが迎えに来ます。パパの口にした「こんな所」という言葉が引っかかり、逃げ出したかったはずの山が、いつのまにか自分の大切な場所になっていたことに気づく。そんな少年の心の変化を描いた物語です。
まず、登場人物の関係を整理するところから始めました。
「このおじいちゃんは誰のおじいちゃん?」「おじいちゃんの子どもはパパ?ママ?」
ある子は「パパがおじいちゃんのことを『じいちゃん』って呼んでる」と本文から根拠を探し、別の子は「ママとおじいちゃん、全然気が合ってない」と本文の描写に気づきました。
さらに、ゆうすけが「パパを山の上まで案内したいんだ」と言っていることから、このパパはほとんどここに来たことがない都会の人なんだな、と読み取っていきました。
語彙も一つひとつ確かめました。
「頑固」について、ある子が「自分の考えをどこまでも通す」と説明してくれたのは見事でした。
「無責任」は、サッカーでたとえるなら、点を決める役なのにボールをもらう気もない選手。役割を果たしていないということですね。
「ちゃんと挨拶しとかなきゃ」の「挨拶」が何を意味するのかも考えました。「こんにちは」ではなく、夏休みの間ゆうすけを預かってくれたおじいちゃんへの「ありがとうございました」だと確認しました。
そして、この物語の核心です。
「ここはそんな所じゃない」――つめたくておいしい水、きれいな青空、白かばやブナの林、山頂近くのお花畑、知らない人でも挨拶を交わし、けが人や病人が出ればみんなで助け合う登山客たち。
音読では、「白かば」でひとつ面白いことがありました。
「かば」と聞いて動物のカバを思い浮かべた子がいたので、「ゾウとかキリンとかじゃないよ。白樺っていう木だからね」と伝えると、「ああ、マイクラの白樺だ!」。そこへ別の子が「白河市は福島県にある」と地理で応戦。白くて背が高い、いい森に生えている木だよ、とイメージをそろえてから先に進みました。知っている言葉が、読んでいる文章の中でつながる瞬間でした。
ゆうすけがなぜパパを山の上まで案内したいのかを聞くと、ある子が「ここの魅力を分かってるし、お父さんが思ってるところよりいいところだから紹介したい」と答えてくれました。
自分が好きなものを否定されると、人は悲しくなる。好きなキャラクターを悪く言われたら嫌でしょう、と例を出すと、「推しをいじられた」と自分の経験を話し出す子もいて、みんな深くうなずいていました。
物語文には、気持ちがそのまま書かれていないことが多い、という話もしました。
「無責任だな」という一言から、パパが腹を立てていることを読み取る。
「パパ、急ぐの?」という問いかけから、本当に急いで帰る用事はなさそうだと確かめてから「あと1日だけ」とお願いしている、と読み取る。
書かれていない気持ちを、書かれている言葉から推し量る。これが物語を読む楽しさだと思っています。
🧠 クリティカルシンキング:大福とまんじゅう、どっちが高い?
宿題として出していた問題を発表してもらいました。
「おじいさんは、持っているお金でできるだけ多くの大福もちを買いました。あまったお金で、新発売のまんじゅうを1個買いました。大福1個と新発売のまんじゅう1個は、どちらが高いですか?」
答えそのものより、「そう考えた理由」を文章で説明することがこの問題のねらいです。
意見は分かれました。
「新発売だから値上げしてる」とまんじゅうを選んだ子。
「大福を180円、おじいさんの持ち金を1000円と仮定すると、5個買えて余りは100円。その100円で買えるまんじゅうは大福より安い」と、1500円のパターンまで計算して大福を選んだ子。
この「もし〜だったら」と仮定を置いて考える姿勢は、とても大事だと伝えました。
ドミノ倒しのように、いくつかの場合で確かめて「どんな場合でも同じことが言えそうだ」と考える方法です。
ただ、ここで鋭いツッコミが入りました。
「180円のときしかやってないじゃん」
そのとおりです。全部のパターンを試せない以上、「本当に言い切れるの?」という疑問はいつまでも付きまといます。
そこで、ある子の説明を紹介しました。
「大福餅をできるだけ多く買って余りが出た。その余りのお金で大福餅は買えないからまんじゅうを買った。だから大福餅のほうが高い」
計算をひとつもしていないのに、これで説明は完成しています。
登場人物は3つ。大福、余ったお金、まんじゅう。
できるだけ買ったのに余りが出たということは、大福1個は余ったお金より高い。
その余ったお金でまんじゅうが買えたということは、まんじゅうは余ったお金と同じか、それより安い。
この2つを並べれば、大福のほうがまんじゅうより高いと言えます。
途中で「なんで余ったお金で大福が買えないの?」という質問が出ました。これは本当にいい質問で、ここが説明できれば全部が終わる急所です。
頭ではみんな「大福のほうが高いに決まってる」とわかっています。でも、それを文字にして説明するのが、とてつもなく難しい。
この「わかる」と「説明できる」の間の距離を縮めることが、この練習の目的です。
これができないと、これからの時代、AIとちゃんと会話することもできないと思っています。
次の課題は「説明チャレンジ」。4人でババ抜きをしている場面から、ある人の持っているカードの枚数を、道筋を立てて説明する問題です。
「ババ抜きってどんなゲーム?」から始まり、「ジョーカーは1枚?」「順番は?」と、まずルールの確認で盛り上がりました。
今回は答えが一つある問題です。その答えを、誰が読んでも「確かにそうだ」と納得できるように書いてきてもらいます。
⚙ 授業前のひとこま:ロケットからギア比へ
授業が始まる前、「ロケットってなんで飛ぶの?」という質問から、話はなぜか自転車のギアへ。
ペダル側の歯車の歯が100個、後輪側が200個なら、ペダルを1回転させても後輪側の歯車は半回転しか回りません。進む距離は短いけれど、その分ペダルは軽い。逆に後輪側の歯が10個なら、ペダル1回転で後輪側は10回転。一気に進むけれど、ペダルはぐっと重くなります。
力と速さは、二律背反の関係です。歯車の絵を描きながら、そんな「ギア比」の話をしました。
授業の前後にこういう時間があるのも、太郎塾らしさだと思っています。
太郎塾では小学生~中学生まで体験授業を随時受け付けています。
「読解力・好奇心・考える力」を育てたいとお考えの保護者様、お気軽にお問い合わせください。



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