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2026年5月|小学4年生授業レポート②_0520_Wed

  • 5月21日
  • 読了時間: 8分

2026年5月20日


水曜日の教室は今日も元気いっぱい。

休み時間に水をこぼして「靴下びっしょりだ!」と大さわぎする一幕もありつつ、にぎやかにスタートしました。


📘 論理国語

テーマ:主語・述語・目的語の確認と、「助動詞」の導入


まずは文の要素をぬき出す練習から。

述語→主語→目的語の順で見つけていく手順を、一問ずつ声に出して確認しました。


後半は、新しい文法事項「助動詞」を導入しました。

「助動詞は、意味を付け加える言葉だよ」と説明し、「出る」という言葉を使って一緒に確かめていきました。

「た」をつければ「出た」で過去、「ない」をつければ「出ない」で打ち消し。さらに「ます(ていねい)」「たい(希望)」「れる・られる(可能)」「せる・させる(使役)」と、ふだん何気なく使っている言葉を一つずつ整理しました。


特に時間をかけたのが「ようだ」と「そうだ」のちがいです。

「出るようだ」は不確かな断定──「何々っぽい」「うわさみたいな感じ」。

ある子が「出そうだったら予想。」とすかさず言ってくれたので、そこから「起きそうだ(様子を推し量る)」と「起きるそうだ(人から聞いた)」のちがいへ広げていきました。


普段使っていることばを改めて整理することで、言葉への感度を上げてほしいと思います。


🏺 長文読解&探究

題:野田道子『植物は考える生きもの!?』(PHP研究所)

語彙:アレロケミクス、アレロパシー、防衛体制、悲鳴、物質、感覚

要約:植物は、自分の状況を他の植物や動物に伝えるために物質を出します。その物質を「アレロケミクス」、それがあたえる作用を「アレロパシー」といいます。リママメがナミハダニという害虫に食べられると、リママメはベーターオシメンやジメチルノナトリエンという物質(におい)を出し、ナミハダニを食べてくれるチリカブリダニを呼びよせます。さらに、その警かい信号を受け取った近くのまだ食べられていないリママメも、同じ物質を出して、害虫がおそってくる前にあらかじめ応援を求めます。動けないはずの植物が、化学物質を使って仲間に危険を知らせ、天敵まで呼びよせる──そんな驚きの生存戦略を紹介した説明文です。


●「物質」って何だろう?

「アレロケミクスは物質、アレロパシーはその作用」と整理したところで、「そもそも物質って何?」という問いが出てきました。

宿題で調べてきた子が「何かを作る材料」、別の子が「空間の一部を占め、感覚によってその存在を認識できるもの」と発表してくれました。

そこから「目に見えない物質ってあるのかな?」と話が広がり、水蒸気、空気、そして「音は物質?」というところまで。


「音は物質じゃないな」と、私自身もその場で考えながら答えました。

「簡単に言うと掴めるものが物質かな?人の気持ちとかアイディアって掴めないでしょ?」

「人の気持ちは掴めるって言うよ!」

鋭いツッコミが入りました。笑

これが比喩であることを話し、「ちょっと脱線しすぎたね」と笑いながら本文に戻りました。

寄り道の中にこそ、考える楽しさがあると思っています。


●指示語が指している言葉を指示語(それ)に当てはめて考えてみる。

今回の文章は指示語が多く、「それ」が何を指すのかを一つずつ確かめながら進みました。

「『それはベーターオシメン、ジメチルノナトリエンという物質です』の『それ』って何だろう?」

ためしに「それ」のところに「チリカブリダニ」を入れてみると、「チリカブリダニは物質です」となって、なんだか意味が変。

「じゃあ『それ』って何?」と問い直すと、ある子が「ある匂い!」と、本文の前のほうから見つけ出してくれました。

代名詞が指している中身を、本文の中からさがしにいく。地味ですが、読解の大事なところです。


●攻めと守りのアレロケミクス

本文を読み終えたあと、「アレロケミクスを出す植物はリママメだけじゃない」という話に広げました。

身を守るために物質を出すものもいれば、もっと攻めるものもいる。


クルミの木の下では他の植物が育ちにくいこと、ヨモギのまわりにはヨモギばかり生えていること──これらは、ほかの植物が育つのをじゃまする物質を出しているからです。

動物がツメやキバで戦うように、動けない植物は化学物質で戦っている。よく考えれば生き物どうしは生存競争をしているのですから、戦いがあるのは当たり前。

でも、こういう視点を一つ持てると、いつもの景色が少し違って見えてきます。

「クルミ」は、実物を持ってきて教室で割ってみました。

保護メガネをかけ、ハンマーを構え、かたい殻と格闘。カーン!と一発決まると「おお、すげえ!」と歓声が上がりました。

文字で読んだものを、自分の手と目で確かめる時間です。


●その他にも、問題でよい間違いをしてくれた子がいて、みんなでなぜこの解答がいけないのか?議論しました。

文中にある主語が指し示す範囲の広さに言及しながら理解を深めました。

最近の言葉でいうと「主語の大きさ」です。

この理解のためには、具体(くわしくする言葉)と抽象(まとめる言葉)の考え方が必要ですが、「何かを理解するための道具が着実に増えていっている」と感じました。

私との共通言語が増えてきて、とても説明がしやすいです。

家を建てる時に、のこぎりだけで建てられないのと一緒で、何かを理解(インプット)するとき、説明(アウトプット)するときには様々な道具が必要なのと同様です。


🧠 クリティカルシンキング

テーマ:「オットーの斧」── 何を優先するか?


正直者の木こりオットーは、病気の妻エルザを救うために金貨が必要です。

薬代は金貨十枚。

けれどオットーがひと月に稼げるのは金貨一枚ほど。

川に落とした鉄の斧の代わりに、森の神様が金の斧を差し出し、「これがお前の落とした斧か?」と問いかけます。


まずは、お話の状況を簡単に説明してもらいました。

とても上達していました!


「今の説明で何か付け足したいことある?」と聞きながら、この話のポイントを整理しました。

うまく要点をつかむのは難しく、「お金が足りない」という肝心の部分が抜けてしまったので一緒に整理しました。

「お金がない → 薬が買えない → エルザを助けられない。最悪なドミノが起きてるんだよ」

この「ドミノ」を共有してから、本題に入りました。


神様に「はい(嘘をついて金の斧をもらう)」と答えるか、「いいえ(正直に鉄の斧だと言う)」と答えるか。

宿題に書いてきた答えを、一人ずつ発表してもらいました。


月曜日の子たちも含め多くの子が「いいえ」を選び、不思議に思っていましたが、よくよく話を聞くと「日本の教育(?)」が見えてきます。


●「いいえ(正直)」を選んだ子の理由は、

・神様が必ず金の斧をくれるとはかぎらないから、最低保証として鉄の斧をもらえるようにしたい。

・オットー自身が「嘘はつかない」と決心しているから

・鉄の斧は、父から受け継いだたった一つの仕事道具だから

・貧しい村だと書いてあるから金の斧をもらっても換金できないと考えた

・子どものころからずっと嘘をついてこなかったし、嘘をついたら、かえって金の斧をもらうチャンスも失うかもしれない


色々と議論をしていて着地したのは

「はい」と嘘をついても、神様は嘘をお見通しで、結局、金の斧も、失くした鉄の斧ももらえないと思うから。という理由でした。

根っこはそこでした。

嘘をつくとバレるし、結局は損をするという考えがかなり浸透している様に思いました。


●一方「はい(嘘)」を選んだ子の理由は、

「エルザを助けるためには、金貨十枚がないと薬代が払えない。だから嘘をついてでも金の斧をもらう」。

その代わりに失うものは「鉄の斧」と「正直者であること」だと整理してくれました。


「いいえ」派と「はい」派は、まるで正反対のことを言っているように見えます。

でも、どちらも「エルザを助けたい」という気持ちは同じ。

分かれているのは、「嘘をついて、本当に金の斧(=お金)が手に入るのか」という前提の見方でした。


●「もしも」と「前提」を分ける

議論の途中、ある子が「金の斧にはトリプルパワーがあって、一振りで3本くらい木が切れるかもしれない」と、どんどん想像をふくらませていきました。

そこで私は一度立ち止まりました。

「今の話は、全部『もしも』の話だよね。もしこうだったら、もしこうだったら……と仮定を重ねていくと、結論が出ない」

「もしもの話はきりがないから、シンプルに考えよう」と、前提をそろえ直しました。


「"はい"と答えれば、金の斧は必ずもらえるしエルザの命も助かります。"いいえ"と答えれば、何ももらえないしエルザの命は助かりません。」

こう決めると多くが「嘘をつく」と答えました。

でも、エルザは知らない人だしな。。。という子も居たので、「オットーの立場で考えてね」と付け加え、

分かりやすく「もしエルザがみんなのお母さんだったら?って考えてみて」

というと、「嘘つくに決まっている!」とみんな口を尖がらせていました。笑


ここで「優先」という言葉が、子どもたちの口から出てきました。

何と何を比べて、どちらを優先するのか。

「エルザの命」と「自分が正直者であること」を天秤にかける──まさにこの問題の核心です。


最後に、私は問いをもう一段むずかしくしました。

「川の向こう岸にも木こりがいて、その人が落とした金の斧だと分かっていたら、どうする?」

「しかも、その木こりの妻も同じ病気で、その金の斧がなければ助けられないとしたら?」

教室は「えーっ」と一気に騒がしくなりました。

自分の妻の命と、他人の妻の命。どちらも大切で、それでもどちらかを選ばなければならない。

答えは出さず、続きは次回に持ち越しました。


「えーいいところだったのに~!」と残念がる子や

「なんか今日はいつもより楽しかったなー!」

と、言う子も。


やはり人は本来考えることが好きなのかも知れないと思いました。


養老孟司さんが以前、こんなことを言っていました。

「子供はきちんと教育をすると、いかに上手に教育を受けないかという方法を編み出していく(=考えなくて済む)」という趣旨のことを話していました。

これは非常に残念でなりません。 「そういうもんだ」と割り切るのではなく「なんでそうなるの?」と考えられるようになりたいです。 太郎塾では、学校や塾ではできない学びを提供しつづけて参ります。



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