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2026年5月|小学5年生授業レポート②_0520_Wed

  • 5月21日
  • 読了時間: 11分

2026年5月20日(水)


五月も後半に入り、運動会の練習で忙しい時期になりました。

教室でも「準備が大変」「もう終わった学校もあるよ」と、五年生らしい話で盛り上がりました。

今回はちょうど文章読解の教材が金閣寺をあつかったもので、「金閣寺、行ったことある!」という子もいて、実際に見た記憶と文章がつながる楽しい授業になりました。


📘 論理国語

テーマ:「用言と体言」——形容詞・形容動詞を見抜く


前回学んだ名詞・動詞の復習からスタートし、今回は新しく形容詞・形容動詞に進みました。


まず、述語の形を「ア=どうする」「イ=どんなだ」「ウ=なんだ」の三つに分け、例文の述語がどれにあたるかを一つずつ判定する練習をしました。

「いく」のように動きを表す言葉は「ア=どうする」で動詞。「おいしい」のように言い切りが「い」で終わるものは「イ=どんなだ」で形容詞。テンポよく判定が進みました。


ここで、引っかかりやすいポイントが一つ出てきました。「曲だ」という述語です。

状態を表しているように見えるので形容動詞だと思いがちですが、実はこれは「名詞+だ」。「曲」という名詞に「だ」がくっついて述語になっているのです。

見た目にだまされず中身を見る——品詞の奥深さを一緒に確認しました。


形容詞と形容動詞の区別は「言い切りの形」がカギになります。

「楽しい」「清々しい」「美しい」のように、文の終わりで「い」になるのが形容詞。

「静かだ」「賑やかだ」のように「だ」で終わるのが形容動詞。

どちらも状態を表す言葉ですが、言い切りが「い」か「だ」かで種類が分かれます。


そして、動詞・形容詞・形容動詞のように述語になれる言葉を「用言」、名詞のように主語になれる言葉を「体言」と呼ぶことも整理しました。

文の終わりをあえて名詞(体言)で止める「体言止め」が、リズムを生んだり強調になったりする効果にも触れました。


ここで「英語には形容動詞がなくて、形容詞しかないんだよ」という話も、軽く添えました。

文法は「そういうものがあるよ」という入り口でかまわないと思っていますが、日本語を別の言語と並べてみると、自分たちの言葉の形が少し違って見えてくる——その面白さも、ときどき顔を出してくれます。


🏺 長文読解&探究

題 :布施英利『京都美術鑑賞入門』(ちくまプリマー新書)——金閣寺をめぐる評論文

種類:説明文・評論文

語彙:唐突、サビ頭、エンターテインメント、芸術、一方通行(順路)


要約:金閣寺との出会いは「唐突」で、入口を少し歩くといきなり金色の建物が目の前に現れ、見る人の心を一瞬でつかむ。しかし、その「ぱっと見」の一瞬だけで満足してしまうのは、心を一気につかんで終わるエンターテインメントにすぎない。芸術は、わしづかみにされなくても、じわじわと永遠に続く感動を残すものだと筆者は言う。金閣寺の美にも「その先」があり、裏手の長い順路まで含めた全体を味わってこそ、はじめて金閣寺を見たといえる——そう本文は結ばれます。


今回は、生徒に音読をしてもらいながら、本文を一文ずつ丁寧に読み進めました。


冒頭の「金閣寺との出会いは唐突だ」。この「唐突」という入り方そのものが、この文章のカギになっています。

本文には「サビ頭」という言葉が出てきます。音楽でいう、イントロも前奏もなく、いきなりサビ(一番盛り上がるところ)から始まるスタイルのこと。金閣寺は、入口を入るといきなり金色の姿が目の前に現れる——それを筆者は「サビ頭」と表現しているのです。


この「サビ頭」を、ある子が自分の言葉でみんなに説明してくれました。

「いきなりクライマックスというか、いいところから始まるみたいな。サビは何回も来るんだけど、一番最初に来るっていうこと。金閣寺もそうだよ、ってことだね。」

先生からの説明より、友だちの言葉のほうがすっと届く瞬間があります。教室がいい空気になりました。


「サビ」「サビ頭」の説明で、「女々しくて」を聞いてもらいどういうことなのか?説明しました。

「女々しくて」は2009年リリースなので17年も前の曲。やはり小学生は知りませんでした。笑

2025年流行語バージョン


本文の途中には、空所に接続語を選んで入れる問題もありました。

「しかも」と「つまり」で意見が分かれました。

「しかも」を選んだ子は、金色でピカピカ、しかも屋根があって柱があって……と、特徴をどんどんつけ足していく流れで本文を読みました。

解答は「しかも」ですが、私はしっくりきません。


私は「つまり」を推しました。

『しかも』はプラスアルファの話。

でもここは前の話を言いかえてまとめていると解釈できるので『つまり』としました。

文章を読んでいるとこういった接続詞の違和感は結構ありますが、言葉はそれくらい曖昧な使われ方をしているのだと思います。


●探究①:なぜ「金ぴか」の金閣寺を建てたのか


「そもそも、なぜこんなに金ぴかの建物を建てたんだろう?」——文章を入口に、こんな問いが生まれました。


歴史を勉強すると、強い力を持った武将や権力者がたくさん出てきます。織田信長もそのひとり。そういう人たちには、「自分の力を、目に見えるかたちで残したい」「とびきり目立つものを作りたい」という思いがあります。

たとえばナポレオンは、フランスに凱旋門という巨大な門を造らせました。「自分はこんなにすごいんだ」という、力の象徴です。金閣寺もそれと同じ。室町幕府の将軍・足利義満が、自分の時代の象徴として、金ぴかの建物を建てたのです。


ここで、もう一つ「実は……」の話をしました。

今わたしたちが見ている金閣寺は、昔からずっとそのまま残っているものではありません。実は一度、全焼しているのです。1950年に起きた「金閣寺放火事件」。火をつけたのは、その寺で暮らしていた若い僧でした。

理由が、なんとも不思議です。「金閣寺が美しすぎたから」。世間がその美しさにばかり注目することへの、ねじれた思いだったといわれています。「きれいだから燃やす」——子どもたちも「どういうこと!?」という表情になりました。

今の金閣寺は、その五年後に再建されたもの。再建されてから金をたっぷり貼り直したので、むしろ昔より金ぴかになっているともいわれます。


●探究②:金閣寺と銀閣寺


金閣寺の文章から、自然と「では銀閣寺は?」という話に広がりました。

ここで一つ、驚きの事実。「銀閣寺には、銀は全く使われていない」。

金閣寺がきらびやかに金箔をまとっているのに対し、銀閣寺には銀が使われていない——この意外な対比をめぐって、子どもたちと話が広がりました。


銀閣寺をつくったのは、義満の孫の足利義政。

義政は、おじいさんの金閣寺を見て「自分も建てよう」と思い立った人ですが、性格は正反対でした。

「将軍も戦も好きじゃない、自分は芸術を極めたい」——政治の役目を退いてまで、芸術の道へ進んだ人物です。

将軍としては力を発揮できませんでしたが、義政は芸術の大きな後ろ盾となり、その時代の文化は「東山文化」と呼ばれて花開きました。

茶の湯や、畳を敷いた和室の原型となる書院造、水墨画——いまの日本の暮らしや美意識につながるものが、この時代に育っていきます。

水墨画でこの時代を代表するのが雪舟です。

そうした文化の根っこで育っていったのが「わびさび」という、控えめで静かな日本独特の美意識でした。

きらびやかな金閣寺と、簡素な銀閣寺。

同じ「室町文化」の中に、まるで正反対の美しさが同居していることを、一緒に確かめました。

GoogleMapの航空写真を見ながら、金閣寺が正式には「鹿苑寺」と呼ばれることにも触れました。


さらに室町時代は、「徳政令」——借金をなかったことにする命令——が何度も出された時代でもありました。

暮らしに苦しむ民衆が「借金を帳消しにしてほしい」と立ち上がり、その求めに応じて幕府がたびたび徳政令を出したのです。

「借りた人は助かるけれど、貸した人はたまったものじゃないよね」。一つの言葉から、その時代の経済の苦しさにまで想像がのびていきました。


●探究③:人口と寿命から、歴史を「数」で見る


ここからが、今回いちばん話が広がったところです。

「歴史を学ぶときは、その時代に人がどのくらいいたのかを見ると面白いよ」——そんな入り口から、人口の話が始まりました。


まず現代の日本。

人口はおよそ1億2〜3千万人。

けれど、これが14年も連続で減り続けていて、近ごろは1年で50万人もの規模で減っています。

国の予測では、2070年ごろには約8,700万人、今のおよそ7割にまで減るとされています。

「これは『ほぼ確定した未来』なんだよ」という話に、子どもたちは少し驚いた様子でした。

理由はこうです。子どもを産む世代の人数が減ると、その先に生まれる子どもも減る。一度減り始めると、回復にはとても長い時間がかかる——だから、この流れを変えるのは簡単ではないのです。


ある子が「じゃあ、ここからどうにかすれば、もう少し先には変わるんじゃない?」と聞いてくれました。

とても大事な問いです。

だからこそ政治の力で変えていく必要があるけれど、今はまだうまくいっていない——そんな現実も、かくさずに話しました。


「1年で55万人減る」と言われても、数字だけではピンときません。

そこで「55万人ってどのくらい?」を一緒に考えました。

都市の人口ランキングを見て確認。

なんと東京の八王子市や板橋区の人口くらい。

つまり、毎年八王子市がまるごと一つ消えていくようなイメージです。

「そんなに!?」


「なんで減るの? 病気の人が多いから?」という推測も出ました。

理由は、生まれてくる子どもが少なく、お年寄りが多く、亡くなる人も多いから。

昭和には「人口ボーナス」と呼ばれる時期があり、今の七十代後半の世代は、1年に200万人を超える数が生まれました。

多い年には260万人ほど。

それが今は、年間およそ70万人で過去最少です。生まれる数が4倍近くも違う——この差が、人口減少の正体です。


ここで、グラフの「読み方」も練習しました。

「グラフは傾きを見るんだよ。急な坂になっているところ、なだらかなところ。『ここで何かあったのかな?』と考えるのが面白い。」

ある子が、減り方の変わった部分を指して「2016年、コロナのせい?」と発言してくれました。

鋭い着眼です。

グラフの形と、実際に起きた出来事を結びつけて考える——これこそ、グラフを「読む」ということです。


そして話は、室町時代へ戻ります。

「金閣寺が建った室町時代の人口は、どれくらいだと思う?」

「5000万人くらいかな?」

答えはおよそ800万人。

今の10分の1以下です。

「えぇー!?そんなに少ないんだ。。。」


「十軒の家が並んでいるとしたら、室町時代は一軒しかないようなもの」とイメージで考えてみると、子どもたちからも「そんなに少ないの!」という反応が返ってきました。

500年ほどで人口がおよそ10倍になった——日本の歴史の大きな動きが見えてきます。


最後は「寿命」。

今の日本人の平均寿命は80歳を超えます。では室町時代は?

「40歳くらいじゃない?」


なんと、わずか15〜16歳ほどだったといわれます。

「えっ、みんな15歳で亡くなってしまうの?」と思いますよね。でも、ここに数字を読むときの大切な落とし穴があります。

平均寿命がそれだけ低いのは、0歳や1歳など、生まれてまもなく亡くなる子がとても多かったから。50歳、60歳まで生きた人ももちろんいたけれど、幼くして亡くなる子が多いと、「平均」はぐっと下に引っぱられてしまうのです。

「平均」という一つの数字の裏側まで読む——これも立派なクリティカルシンキングだと思っています。

さらに室町時代の後には戦国時代が控えていて、戦乱や飢饉で大人も子どもも命を落としていきました。


「脱線が過ぎたかな。でも本当は、こういう話がいちばん面白いんだよ。」

教材のたった一本の文章から、文法・歴史・文化・経済、そして統計の読み方まで——一本道がどんどん枝分かれしていきます。この寄り道の時間こそ、太郎塾がいちばん大切にしている時間だと思っています。

平均や中央値の見方は時間的に説明できていませんが、機会があればしたいと思います。


平均値だけ見ると、大谷翔平の出身高校の平均年収はとんでもないことになってしまいます。笑

こういう数字のマジックに惑わされない目を持つことも重要ですね!


🧠 クリティカルシンキング

テーマ:「オットーの斧」——誠実さと、命の重さを天秤にかける


前回までに、状況の情報整理と「どんな選択肢があるか」の洗い出しを進めてきた「オットーの斧」。今回はいよいよ本題、ジレンマそのものに正面から向き合いました。


舞台はこうです。神様にいろいろお願いしてみたけれど、すべて断られてしまった。残されたのは、「金の斧はお前のものか?」という問いに、「イエス」か「ノー」でしか答えられない——しかも事情の説明はできない、という厳しい設定です。


イエスと答えれば(つまり嘘をつけば)、金の斧が手に入り、エルザの薬代になるかもしれない。でも、その代わりに失うものがあります。「何を失う?」と問いかけると、「信用」という言葉が返ってきました。「では、誰からの信用を失うんだろう?」——ある子は「神様」と答えてくれました。


ある子は「多分、絶対イエスって言っちゃうよね」と、正直な第一印象を口にしてくれました。笑

命がかかっているのだから、そう感じるのは自然なことだと思います。


ここで「天秤」という考え方を一緒に見ました。

片方の皿に「嘘をつかないという誠実さ」、もう片方の皿に「エルザの命」。

条件を一つ変えるたびに、天秤はゆらゆらと傾きを変えます。

「嘘をつけば必ず助かる」「ノーと言えば助からない」——条件を加えていくと、選択の重みがどんどん変わっていくのを、みんなで体感しました。


子どもたちからは「金の斧を落とした人に、金の斧を拾って返してあげたんだから、そのかわり金貨ちょうだいってお願いする」

「金の斧を譲ってくださいって頼む」

など、いろいろな案も飛び出しました。


逃げ道を探したくなる気持ち、よく分かります。

でも今回のケースの核心は、その逃げ道をあえて閉じたところにあります。


「どっちも選びません、というのはありえないんだよ。どっちかは絶対に選ぶことになる。」

これは少し厳しい問いかけです。

でも、大人になってからの人生には、「どちらか一方しか選べない」という場面が本当にたくさんあります。

そのときに慌てないために、今のうちに何度も悩む練習をしておく——それが、このケースで一番やりたいことだと思っています。


次回は最終回で、その後のストーリーを読み解きます。

正解のない問いを、考え続けられること。これは、これからの人生でずっと役に立つ力です。


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